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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)7095号 決定 1960年1月11日

債権者 川守幸夫 外五名

債務者 国

訴訟代理人 武藤英一 外二名

主文

本件申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者等の負担とする。

理由

(債権者の主張)

債権者等訴訟代理人は、「一債務者は、債権者等に対し毎月支払う給与から、厚生省第二共済組合の長期給付の掛金として、次の額を控除してはならない。(一)債権者川守幸夫、同小久保才一については、俸給月額の千分の三十五を超える掛金額。

(二) その余の債権者については、掛金全額。二訴訟費用は、債務者の負担とする。との裁判を求め、その理由として、別紙のとおり主張した。

(当裁判所の判断)

一  一般に係争権利関係について、その紛争の解決を本案訴訟の結果にまつにおいては、必然的に相当の日時を要するため、その間権利実現の遅延により、後日勝訴の判決を得ても、最早権利の実現は遅きに失し、債権者において、権利の内容たる実質的の利益を享受することができなくなるような緊急の危険が現存し、且つ権利の存在が明瞭に認められる場合に、始めて、このような危険を除去防止するため、仮処分命令をもつて、当事者間に仮の権利関係を形成し、債権者に対して、仮の満足を与えることが許されるのである。したがつて、このような仮の地位を形成する仮処分は、単なる執行の保全に奉仕するものに較べると、その与える影響も大きく、債務者にとつても、また甚大な苦痛を与えることが多いから、権利の存在がより明瞭であることを要するのは勿論、債権者側の主張するいわゆる必要性についても、これをより厳格に解さざるをえない次第である。ところで、本件において、果してこのような意味での仮処分をなす緊急の必要があるといいうるであろうか。債権者等は、その主張のような理由から債権者等主張の金員を、その給与から控除することは違法であり、しかもこのことは、右給与によつて生活を営む労働者である債権者等にとつて、重大な損害であるから、本件の仮処分によつて、債務者である国に対し、仮にその控除を禁止する必要があるというのである。もとより、今日、債権者等を含める国家公務員の給与が、その満足を得られる程、必ずしも充分なものとはいえないという公知の事情を参酌すれば、その経済生活に必ずしも充分な余裕とてはない国家公務員にとつて、債権者等が、その給与から毎月控除される右金員は、債権者等も含めて、その経済生活に全く関係のない金額であるとたやすくいうことはできないところであろう。しかしながら、反面、債権者等が求める本件の仮処分が、前記のような要件を充するものでなければ許されるべきものではない。すなわち、権利の存在が明らかであるとともに、これがなければ、債権者等の生活を維持する上に、いま直らに重大な支障を来すという程の緊急の必要性がなければ、このような仮処分は、これを認めることはできないのである。

二  ところで、国家公務員共済組合は、その第一条第一項に、「組合員の給与支払機関は、毎月、俸給その池の給与を支給する際、組合員の給与から掛金に相当する金額を控除して、これを組合員に代つて組合に払い込まなければならない」と規定し、さらに同法第百条第二項、第四十一条第一項によれば、「掛金は、大蔵省令で定めるところにより、組合員の俸給を標準として算定するものとし」長期給付で同法にいう連合会加入組合にかかるものにあつては、「その俸給と掛金との割合は、連合会の定款で定める」旨を規定している。しかして、記録添付の「国家公務員共済組合連合会定款一部改正について」と題する書面によると、右連合会は、昭和三十四年十月十四日、その定款の一部を改正するとともに、その掛金率を千分の四十四と定めたことを認めることができるから、債権者等の所属する厚生省第二共済組合が同法にいう連合会加入組合であることも明らかな本件では、(同法第二十一条同法施行令第十条)債権者等の長期給付にかかる掛金については、必ずしもその所属する右組合の定款にその旨記載されなくても、給与支給機関が右掛金に相当する金額を控除することをもつて、あながち違法の処置と断ずることはできない筋合であるといわざるをえないのである。しかしながら、いまこの点については、暫らくこれを措くとしても、債権者等がその給与から控除されるという金額は、前記のとおり、俸給の千分の四十四であつて、しかもその控除は、将来にわたつても継続するものであることが窺われる本件では、右金員が、債権者等にとつて、その経済生活に関係のないものということもできないであろうが、さりとて、現下の経済事情から考えて、右金員が、その経済生活に資するものであるということから、本案訴訟の結果をもたずして、いま直ちに、これがなければ、その生活を維持する上に重大な支障を来すとまで断言することもできないのである。

三  果して以上のとおりであるならば、本件においては、債権者等の求める仮処分により、本案訴訟の結果をもまたないで、債務者に対し、右金員の控除を禁止しなければならない程の緊急の必要性がここにあるとは到底いうをえない次第であるから、債権者等の主張は、すでにこの点において、その理由がないというべく、本件申請は、その却下を免れ難いというの外はない。

四  よつて、債権者等の本件仮処分申請は、その理由なきものとして、これを却下し、訴訟費用につき、民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 天野正義)

別紙 申請の理由

一、(債権者)

債権者等はいずれも左のとおり、厚生省所管の国立病院または国立療養所に勤務する国家公務員であつて、厚生省第二共済組合の組合員である。

川守幸夫  国立東京第二病院

小久保才一 国立松戸療養所

井上五郎  国立村山療養所

山口貴美子 国立世田谷病院

蓑田レイ子 国立横浜病院

金子信夫  国立横浜療養所

二、(掛金)

厚生省第二共済組合(以下所属組合という)は国家公務員共済組合法(以下法という)によつて設けられた国家公務員共済組合(以下組合という)であつて、厚生省の医務出張所、国立病院及び国立療養所に属する職員をもつて組織する(法第三条)組合員は組合の費用に充てるため掛金を支払う(法第九九条)。掛金は組合員の俸給を標準として算定するものとし、その俸給と掛金との割合は、組合の定款で定める(法第一〇〇条第二項、第六条)。組合員の給与支給機関は、毎月、給与を支給する際、組合員の給与から掛金に相当する額を控除して、これを組合員に代つて組合に払込む(法第一〇一条第一項)。

三、(債権者川守、小久保の掛金)

(一) 債権者川守、同小久保は、昭和三三年法律第一二八号国家公務員共済組合法の全部を改正する法律の施行にともない昭和三四年一月一日より同法の長期給付に関する規定の適用を受けることとなつた組合員である。(同改正法律附則第一三条第二号、第一条)。

(二) 所属組合はその定款で、右の組合員の長期給付の掛金と俸給の割合を、昭和三四倖一月一日より俸給の千分の三十八、同年四月一日俸給の千分の三十五と定めたが、その定款はその後変更されていない。

四、(その余の債権者の掛金)

(一) 債権者井上、山口、蓑田、金子は、昭和三四年法律第一六三号国家公務員共済組合法の一部を改正する法律の施行に伴い、昭和三四年一〇月一日より同法の長期給付に関する規定の適用を受けることとなつた組合員である(法第七二条第二項、附則第一条。)

(二) ところが所属組合の定款には、右の組合員の長期給付の掛金と俸給との割合については、何等定めていない。

五、(掛金控除の事実)

ところが、債権者等の給与支給機関は、債権者等所属組合の組合員の長期給付の掛金が昭和三四年一〇月一日から俸給の千分の四十四に変更されたとし、すでにこれに相当する額を同年一〇月一七日、一一月一七日の両度の給与支払日に債権者等組合員の給与から控除している。

六、(控除の違法)

ところが、所属組合の定款の掛金についての定めは前記(三、四)のとおりであるから、債権者川守、小久保については俸給の千分の三十五を超える掛金額、その余の債権者については掛金の全額はいずれも組合の定款をもつて定められていないので、給与支給機関はこれを適法に給与から控除することはできない。従つて債務者は不法に債権者等に給与の一部を支払わないこととなる。

七、(保全の必要)

そこで債権者は、未払給与の支払、給与控除の禁止等の訴を起すべく準備中であるが、給与をもつて生活を営む労働者である債権者にとつて額の多少にかかわらず毎月の給与から不適法な控除を受けるということは莫大な損害であるので、本申請に及んだ。

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